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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2757号 判決 1982年11月17日

原告 祝正已

被告 国 ほか一名

代理人 西迪雄 井関浩 石井宏治 北野節夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金三〇五万二五〇〇円及びこれに対する昭和五四年五月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告に対し、被告小野幹雄は別紙第一目録記載のような文面の、被告国は別紙第二目録記載のような文面の各謝罪広告を、それぞれ見出しは二二ポイント活字、記名宛名は各一四ポイント活字をもつて、本文その他の部分は八ポイント活字をもつて、それぞれ株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞、株式会社毎日新聞社発行の毎日新聞、株式会社読売新聞社発行の読売新聞、株式会社日本経済新聞社発行の日本経済新聞及び株式会社中日新聞社発行の東京新聞の各朝刊全国版社会面に各一回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言(被告国)

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件監置に至る経緯

(一) 原告は全国金属労働組合埼玉地方本部金剛製作所支部執行委員長であるが、昭和五四年二月九日午後一時、東京地方裁判所刑事第六部(裁判長・小野幹雄(以下「被告小野」という。)、裁判官・平良木登規男、同川合昌幸)に係属中の富永吉一に対する威力業務妨害被告事件の判決公判を同裁判所刑事五〇三号法廷において傍聴席の最前列で、裁判官席に向つて左から四番目に着席して傍聴した。

(二) 判決の主文及び理由の朗読は約三〇分余にわたり続けられたが、被告小野は、判決を読み終えると閉廷を宣し、傍聴人に退廷を促した。

その直後、傍聴席の各所から「ひどい」「不当判決」等の抗議の声があがり、これに続いて原告の右隣の傍聴人が「資本家の犬じやないか」と発言した。これに対し被告小野は、原告席付近を右手で指しながら「誰だ、拘束」と声高に叫んだ。そこで、傍聴人出入口付近にいた一人の警備員が原告の右前方に駆けつけ、原告の腕に手を掛けたが、一瞬周囲を見回し、かつ裁判官席を向いて確認の態度をとるや、被告小野は再度指を指しながら「それだ、拘束」と命じた。そこで右警備員はあらためて原告の右手を引いて立たせようとしたところ、すでに左手も傍聴席前列左横から移動した警備員によつてつかまれていた。

(三) これに対し原告は「何をする、俺じやない」と抗議したが、前記二名の警備員によつて強引に引き立てられた。

また、原告左隣の者は「この人は何もしやべつていない」と一、二回抗議し、右隣の者が「私がいつたのだ」と叫び、他の席からも「人違いだ」「誤認逮捕だ」との声が一斉にあがつた。

さらに、鍛治利秀主任弁護人も「異議!」と立ち上がり、抗議しようとしたが、すかさず被告小野は「却下」と斥け「弁護人も退廷しなさい」と発言するだけであつた。

この間も、原告を連行する警備員を当該発言者本人が「連れて行くなら私を連れて行け」と追いかけ、「この人じやない、放せ」と執拗に抗議した。しかし、警備員は「裁判長の指示だから」と言い残して廊下に原告を連れ出し、駆けつけた別の警備員に引き渡した。同所で原告は単に法廷外に連れ出されるだけでなく、どこかで拘禁されるという、事の重大さを理解し、「何もいつてないのに何故つかまえる」「こんなひどいことがあるか」と強く抗議してもみ合つたが、そのまま地下へ連行された。

(四) 法廷から廊下に出た弁護団は、当該発言者本人、目撃した傍聴人、新聞記者から原告に対する拘束が人違いであることを再確認し、裁判官にその旨を申し入れようとし、鍛治弁護人が面会したが、被告小野は「私が現認したのだから間違いない」と繰り返すのみであつた。

(五) 法廷等の秩序維持に関する法律(以下「法秩法」という。)に基づく制裁裁判は約一時間後非公開で開廷された。この頃、目撃していた記者代表が、本件が人違いであり記者クラブとして黙視できない旨を同裁判所広報課に厳重に申し入れ、その内容は同課員から制裁法廷の被告小野に伝えられた。

制裁裁判では、原告の両隣の傍聴人の陳述書二通が提出され、原告と補佐人となつた仲田弁護士はそれぞれ前述の経緯を述べて、速やかに釈放するよう主張した。

ところが、これに対して次のとおりの制裁裁判が言渡された。

主文

本人を監置七日に処する。

理由

事実の要旨

本人は昭和五四年二月九日午後一時三五分すぎごろ東京地方裁判所刑事第五〇三号法廷において、当裁判所の被告人富永吉一に対する威力業務妨害被告事件第二四回公判の判決言渡直後、裁判長が傍聴人及び被告人に対し退廷を促したところ、傍聴席に在つて「資本の犬じやねえか」と発言し、もつて暴言を吐き、裁判の威信を著しく害したものである。

適用した法条

法廷等の秩序維持に関する法律第二条第一項

(六) 右の裁判に対し、代理人は即日執行停止を申し立てるとともに抗告し、原告、傍聴人、弁護人、新聞記者の各陳述書を追加し、これらの者の取調を申請した。

ところが、東京高等裁判所第二刑事部は原告側の目撃者を取り調べず、二月一五日抗告を棄却し、さらに最高裁判所も原告の特別抗告の申立を三月一五日に棄却した。

結局、原告は前記監置の裁判によつて七日間東京拘置所に監置された。

2  法秩法の違憲性

本件拘束命令及び制裁決定は、法秩法に依拠してなされたものであるが、同法の違憲性は以下のとおり明らかであるから、被告小野は、適用してはならない法律に基づき、原告に対する制裁決定をなしたものである。

(一) 憲法三一条違反

法秩法の定める監置及び過料の制裁は、実質的には刑罰の一種と解すべきものである。また、右制裁が仮に秩序罰であるとしても憲法三一条にいう刑罰には行政罰をも含むと解されるから、右制裁は少なくとも同条にいう刑罰に含まれると解すべきである。憲法三一条は適正手続を保障しているところ、法秩法による制裁手続は、裁判所又は裁判官が自ら発意して審判するという糾問主義的なものであり、証拠調も補充的で職権によつてのみ行われ、弁護士の関与も補佐人という形で一名に限られ、しかも裁判所が裁判が遅延するおそれがないと認める場合に限られるなど制限されており、極めて簡略化されている。かかる手続で制裁を課することは適正手続の保障を欠くものであり、憲法三一条に違反する。

(二) 憲法三二条、三七条一項違反

法秩法の定める制裁は、前述のとおり刑罰にあたるものであるから、制裁手続も刑事手続の一種であり憲法三二条、三七条の適用を受けると解すべきところ、前述の糾問的な手続構造は憲法三二条、三七条一項に違反する。

(三) 憲法三七条二項、三項違反

前述のとおり制裁手続においては証拠調は補充的で裁判所の裁量に委ねられており、実質上の刑罰を課する手続で厳格な証拠調により被告人たる地位にたつ者の防禦権を保証していないことは、防禦権を充分に保障しようとする憲法三七条二項に違反する。

また、前述のとおり弁護士の関与が制限されていることは、刑事手続における弁護人依頼権を保障する憲法三七条三項に違反する。

殊に、本件のように裁判官の事実誤認が問題とされている場合においては、厳格な証拠調手続や弁護活動の必要性があることは明らかである。

(四) 憲法三三条違反

法秩法の規定する拘束は、逮捕の実質を有し、憲法三三条にいう逮捕にも当然に含まれる。ところで、合憲論の如く法秩法が犯罪を規定するものでないとすれば、たとえ裁判所の面前で行われた行為であつても「現行犯」にはあたらないことになる。ところが、拘束は令状なくして逮捕の実質を有するものを認めているのであるから憲法三三条に違反する。

(五) 憲法三四条違反

法秩法の定める監置は、刑事被告人と同様に取り扱われ、人身の自由を継続的に拘束するものであるから憲法三四条にいう拘禁にあたると解すべきである。ところが、前述のとおり制裁手続では弁護人依頼権が十分に与えられず、また公開の法廷でその理由を示される保障のない点において憲法三四条に違反する。

(六) 憲法八二条違反

法秩法の制裁は国民の基本的人権を剥奪する処罰であるから、その公正を保障するために公開の法廷において裁判をすることが要請される。しかるにその制裁手続は非公開の法廷において決定をなすものとしており、憲法八二条に違反する。

3  被告小野の故意又は過失

(一) 被告小野は、前記監置決定以前において、

(1) 原告の付近にいた傍聴人から「人違いだ」「誤認逮捕だ」との声が一斉にあがつたのを聞いており、また真の発言者から「私が言つたのだ」「連れて行くなら私を連れて行け」との抗議を受けていること

(2) 鍛治弁護人、仲田補佐人と裁判官室で面会した際、同人らから明らかな人違いである旨の申し入れを受けていること

(3) 東京地方裁判所広報課を通じて、新聞記者から人違いである旨の申し入れを受けていること

(4) 制裁裁判において、原告が発言していない旨の陳述書を取り調べていること

からすれば、制裁裁判の段階で人違いであることを知り、又は容易に知り得たものである。にもかかわらず、被告小野は本件監置決定をしたものであつて、故意又は重大な過失により右決定を行つたものである。

(二) さらに、被告小野は、制裁手続終了後の次の各行為により、故意に原告に対する違法な身体の拘束を維持させた。

(1) 被告小野は、原告から制裁決定に対する抗告がなされた際、人違いの事実が明らかになつていたにも拘らず、再度の考案(法秩法五条二項後段)により右決定を取り消すことなく、抗告審へ提出した昭和五四年二月一〇日付意見書において、右抗告につき「理由がないものと思料する」旨の意見を付して右監置決定を維持した。

(2) また、被告小野は誤つた右制裁決定を正当化するために、制裁手続において法廷警備員高杉典利作成の昭和五四年二月九日付報告書を取り調べていないにも拘らず、制裁手続終了後、同人に命じて右決定にそう虚偽の内容の右報告書を作成させたうえ、あたかもこれが制裁手続前に作成され、その証拠とされたかのように、これを時間的順序で編綴された制裁記録の冒頭第三、四丁に編綴した。その結果、抗告審は右報告書を証拠として、執行停止の申立及び抗告を棄却した。

4  損害

原告は、株式会社金剛製作所の本社工場技術部設計第二課第三係主任として勤務するものであるが、前記監置の結果、七日間出勤不能となり、その間の賃金五万二五〇〇円を得ることができなかつた。

また、原告は、その間、同僚及び上司らに迷惑を及ぼし自己の仕事も停滞したこと、支部組合の委員長でありながら、組合員の指導、援助をすることができなかつたこと、その名誉も著しく傷つけられ、妻子にも大きな衝撃を与えたこと、さらには監置された間受刑者に近い生活を強いられたことなどによつて、多大な精神的苦痛を蒙つた。これらを慰藉するには、金三〇〇万円を下らない。

5  謝罪広告の必要性

原告に対する前記の制裁決定については昭和五四年二月一〇日付の各全国紙朝刊に大きく報道され、さらに同月一五日付の各全国紙夕刊に右決定に対する抗告審の棄却決定が掲載されるなど、世間の注目を集めたが、その後これが訂正されていないことから、原告は社会生活上前科者のようにみられており、勤務先においては労働組合支部委員長である原告に対する経営者側からの恰好の攻撃材料にされ、あるいはその居住する地域等において周囲の無理解な人たちの間で原告は耐え難い立場に立たされるなどしている。

したがつて、原告に対する金銭賠償だけではその名誉を回復することは困難であるから、謝罪広告により名誉回復の措置をとる必要がある。

6  よつて、原告は、被告らに対し、被告国については国家賠償法一条、被告小野については民法七〇九条による各損害賠償請求権に基づき、各自金三〇五万二五〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和五四年五月一〇日(本件訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに各謝罪広告の掲載を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実について

(一) (一)の事実のうち原告が全国金属労働組合埼玉地方本部金剛製作所支部執行委員長であることは不知、その余の事実は認める。

(二) (二)の事実のうち、判決の朗読が約三〇分続けられたこと、被告小野が判決を読み終え閉廷を宣し、傍聴人に退廷を促したこと、その直後傍聴席の各所から「ひどい」「不当判決」等の声があがり、続いて「資本家の犬じやないか」との発言があつたこと(ただし、発言者については否認する。)、被告小野が原告を拘束するよう命じたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(三) (三)の事実のうち、原告が警備員によつて引き立てられたこと、原告右隣の傍聴人が抗議の発言をしたこと、鍛治弁護人が異議の申立てをし、裁判所がこれを却下したこと、裁判長が「弁護人も退廷してください」と言つたこと、原告が地下へ連行されたことはいずれも認めるが、原告の右隣の傍聴人が「私がいつたのだ」と叫んだこと、原告の左隣の傍聴人が抗議したこと、他の席から「人違いだ」「誤認逮捕だ」との声があがつたこと、原告の右隣にいた傍聴人が原告を連行する警備員に対し「連れて行くなら私を連れて行け」「この人じやない、放せ」と抗議したことはいずれも否認し、その余の事実は不知。

(四) (四)の事実のうち、被告小野が鍛治弁護人と面会したこと、その際「私が現認したのだから間違いない」との趣旨の発言をしたことはいずれも認めるが、その余の事実は不知。

(五) (五)の事実のうち、記者代表が人違いであり記者クラブとして黙視できない旨を東京地方裁判所広報課に申し入れ、その内容が制裁法廷の被告小野に伝えられたことは否認し(ただし、新聞記者が広報係長を訪ね「傍聴人に対する誤認拘束があつたが、制裁裁判の証人になりたくないので配慮して欲しい」旨の申入れをし、同係長が書記官を通じて被告小野に新聞記者を証人として調べる予定があるかどうかを尋ねた事実はある。)、提出された陳述書の作成者が原告の両隣にいた傍聴人であることは不知、その余の事実は認める。

(六) (六)の事実は認める。

(七) 本件拘束の経過は次のとおりである。

被告小野は、午後一時三〇分頃、判決理由の告知を終え、上訴の方法等の告知をし、「これで判決の言渡しを終わります。それでは退廷して下さい」と傍聴人らに退廷を促したが、傍聴人らはすぐには立ち上がろうとせず、傍聴席後方にいた警備員らに「退廷して下さい」と促されて、ようやく左側(裁判官席に向つて。以下同じ。)後列の傍聴人が立ち上がりはじめた。そのとき前列左端に着席した傍聴人をはじめ傍聴席の各所から相次いで「ひどいじやないか」とか「こんなのあるか」との趣旨の発言があつた。警備員らは「静かに退廷しなさい」「静かに」といつて制止していたが、被告小野は、これらの発言のなかで、原告が「資本の犬じやあねえか」と発言したのを現認したので、すかさず「今のは誰か」と発言したところ、傍聴席左側前列の列外で傍聴席に向つて着席していた警備員高杉典利が原告を指示し近寄りながら「この男です」と答えたので、被告小野は、右手で原告をさし示し「その者を拘束」といつて拘束命令を発した。原告右隣にいた傍聴人も原告の発言のころ抗議のため声高に発言していたが、その内容はつまびらかでない。

高杉警備員は、右拘束命令を執行しようとしたが、原告は座席から容易に立たず、傍聴席後方にいた押野警備員外一名が原告のところへ行こうして原告の右隣の傍聴人の前を通ろうとした際、同傍聴人が立ち上がり「この人が何をしたというのだ」といつて押野警備員らの前に立ち塞がるような状態で妨害しようとしたが、同警備員が「妨害するな」といい、その状況を見ていた被告小野も「執行を妨害するのではない」と注意したところ、右傍聴人は妨害動作をやめた。そこで、高杉、押野両警備員らは、原告を専用廊下出入口から同廊下へ連れ出し、拘束命令を執行したものである。

2  請求原因2の法秩法が憲法に違反する旨の主張は争う。同法の合憲性は、最高裁判所昭和三三年一〇月一五日大法廷決定(刑集一二巻一四号三二九一頁)、同昭和三五年九月二一日第一小法廷決定(刑集一四巻一一号一四九八頁)等の判例の示すとおりである。

3  請求原因3の事実について

(一) (一)の事実のうち、(1)(3)は否認し、(2)(4)は認める。故意、重過失の主張は争う。

(二) (二)の事実のうち、被告小野を裁判長とする東京地方裁判所刑事第六部が、意見書において抗告を理由がないものと思料する旨の意見を付したこと、警備員高杉作成の報告書が制裁手続終了後に提出されたこと、右報告書が制裁記録の三、四丁目に編綴されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

東京地方裁判所刑事第六部は、原告を拘束した後、直ちに法廷において高杉警備員に原告の発言内容を確認し、その後同部の判事室においてさらに現認状況を調査し、同警備員から右報告書と同一内容の報告を受けた。そこで、被告小野は、同警備員に対し右報告内容を書面として後刻提出するよう求め、提出された報告書を事件記録に編綴するよう担当書記官に命じたものであつて、何らの違法はない。

4  請求原因4の事実は不知。損害額の主張は争う。

5  請求原因5の事実のうち、原告に対する制裁決定及び抗告審の棄却決定の新聞報道がなされたことは認めるが、その余の事実は不知。謝罪広告の必要性がある旨の主張は争う。

三  被告らの主張

1  被告国

原告の本訴請求は、原告に対する制裁決定の違法を理由とするものであるところ、右決定に対する抗告は東京高等裁判所第二刑事部において昭和五四年二月一五日に棄却され、さらにこれに対する特別抗告も最高裁判所第三小法廷において同年三月一五日に棄却されている。

およそ裁判は、これを不服として争うには上訴の手続によるべきであつて、裁判に対して上訴せず、または上訴してもこれが認められず、原裁判が確定した場合には、再審・非常上告により原裁判が変更されない限り、当該訴訟の当事者は、もはや他の訴訟手続において原裁判の違法を主張することは許されないというべきである。したがつて、原告は本訴において、制裁決定の違法を主張することは許されず、本訴請求が理由のないことは明らかである。

また、仮に裁判官の行為について、一般的に国家賠償法一条の適用を否定できないとしても、裁判官の行う裁判については、その本質に由来する制約があるべきであつて、本件のように法秩法上認められているすべての不服申立ての手段を尽くしたうえで違法でないことが終局的に確定した場合には、刑事訴訟法四三五条の類推適用による再審事由等の確定裁判を無効視できる特段の事情のない限り、何の違法もなかつたものと解すべきである。しかして、本件において、右特段の事情がないことは明らかであるから、原告の本訴請求は理由がない。

2  被告小野

被告小野に対する本訴請求は、同被告が裁判官としてその職務上行つた制裁裁判の違法を原因とするものであることは、その主張から明らかであるところ、このような裁判官の職務行為を理由とする損害賠償は、国がその責に任するのであつて、裁判官個人がその責任を負うものでないことは、判例(最高裁判所昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁ほか)及び通説の一致するところであり、この解釈は、①国家賠償法一条一項の規定の文理に合致すること、②付則によつて公証人等の個人責任の規定が廃止されたこと、③国又は公共団体という支払能力が完全なものが責任を負担する以上個人に責任を負担させる必要がないこと、④故意過失のときにも公務員が個人責任を負担することとなると、同法一条二項が求償を故意、重過失に限定していることとの均衡を失すること、⑤一条二項の求償権の規定は公務員の個人責任を否定する趣旨であること、⑥公務員の個人責任を認めることは被害者の報復感情を満足させるだけのもので国家賠償の趣旨に反し、公務員の職務執行を萎縮させること、等から首肯しうるところである。

よつて、被告小野に対する本訴請求が理由のないことは明らかである。

四  被告らの主張に対する原告の反論

1  被告国の主張に対する反論

(一) 被告国の主張によれば、たとえどのような誤つた事実認定がなされようとも、その裁判が当該手続において確定した以上、もはや他の訴訟手続においてはこれを争いえないことになる。しかし、社会的に一個の事実であつても、刑事訴訟手続と民事訴訟手続とではそれぞれの制度目的に応じ独自の手続において、独立して事実認定を行うのであり、刑事裁判における認定事実が民事裁判を拘束しないことは判例が一貫して認めるところである。したがつて、一つの裁判が確定した後も、その認定事実を他の訴訟手続において争うことができることは明らかである。

(二) また、国家賠償法一条は、公務員、公権力の行使の概念から、それぞれ裁判官、裁判権を除外していないのであつて、裁判官の行う裁判も、それが違法になされた以上、やはり国家賠償の対象となる。そして、法秩法に基づく制裁裁判も国家賠償の対象となることは、最高裁判所昭和四三年三月一五日第三小法廷判決等の肯定するところである。

さらに、法秩法五条は、事実誤認を理由とする抗告を許さないのであるから、本訴が許されないとすれば、原告の損害回復につき一切の司法的救済の途が閉ざされてしまうという不当な結果を招くこととなる。

2  被告小野の主張に対する反論

公務員の違法な職務行為につき公務員個人も責任を負うと解すべきであつて、同旨の判例、学説も数多く存する。

そもそも、一般法たる民法の規定の適用を排除するには、原則として明文の規定を必要とすると解すべきであるが、国家賠償法には何ら明文のない以上、民法七〇九条の適用を排除するには余程積極的で明確な論拠を要すると解される。

被告小野主張の論拠のうち、①③については形式的に過ぎ、文理上免責を規定するなら端的に免責する旨の規定を置けば足りるはずであること、②については付則廃止の趣旨を一般的に公務員の責任が肯定されたため、あえて個別の責任規定を置く必要がなくなつたと解する余地もあること、④についてはあくまで責任を負う側の内部問題であり、むしろ公務員の個人責任を肯定したうえでこれを故意・重過失の場合に限る考え方の論拠とはなりえても、責任を否定する論拠とはなりえないこと、などからいずれも形式的で十分な論拠とはなりえない。③については、支払能力と責任とは別個の問題であるのにこれを混同している点で不当であり、何ら積極的な論拠となるものではない。また、⑥についても、被害者が加害者に対してその責任を追及することは、社会一般の人と人との関係では当然に許容されているのに、これは公務員と国民の間では許されないというのは国民を納得させるものではなく、また公務員が違法行為に対する責任追及をおそれて自粛警戒することはむしろ好ましく、これを萎縮というのは不当である。よつて、これらはいずれも免責の論拠とはなりえない。

さらに、公務員の個人責任を否定することにより、相互保証主義によつて国家賠償法上損害賠償を請求できない外国人は、公務員の違法行為による損害を何ら填補されなくなること、職務性が問題となる場合「公権力の行使」にあたるか否かの微妙な判断を被害者に負わせることとなり、被害者保護の趣旨に反することとなるなど、不当な結果を生じさせることとなる。

第三証拠<略>

理由

第一被告国に対する請求について

一  法秩法の違憲性について

原告は、本件拘束命令及び制裁決定は、法秩法に基づいてなされたものであるところ、同法は憲法三一号、三二条、三三条、三四条、三七条一項ないし三項、八二条の各条に違反する旨を主張する。

しかしながら、同法によつて裁判所に付与された権限は、直接憲法の精神、すなわち司法の使命とその正常適正な運営の必要に由来するもので、司法の自己保存、正当防衛のために司法に内在する権限であり、同法による制裁は、刑事的行政的処罰のいずれの範疇にも属しない同法によつて設定された特殊の処罰であつて、裁判所または裁判官の面前その他直接に知ることができる場所における現行犯的行為に対し、裁判所または裁判官自体によつて適用されるものであるから、この場合は令状の発付、勾留理由の開示、訴追、弁護人依頼権等刑事裁判に関して憲法の要求する諸手続の適用はなく、また制裁手続は必ずしも公開の法廷ですることを必要としないものと解すべきである。

したがつて、同法は原告主張の憲法各条に違反するものではなく、右違憲の主張には理由がないものというべきである。

二  被告国の主張について

被告国は、原告の本訴請求は原告に対する制裁決定の違法を理由とするものであるところ、右制裁決定は、これに対する抗告及び特別抗告がいずれも棄却され、確定するに至つたものであるから、もはや本訴において右制裁決定の違法を主張することは許されず、また少なくとも刑訴法四三五条の類推適用による再審事由等の確定裁判を無効視しうる特段の事情のない限り、右決定は何の違法もなかつたものと解すべきである旨を主張する。そこで、右主張につき判断する。

昭和五四年二月九日、原告に対する監置七日の制裁決定が言渡され、これに対する抗告が東京高等裁判所第二刑事部において昭和五四年二月一五日に棄却され、さらに特別抗告も最高裁判所第三小法廷において同年三月一五日に棄却され、確定するに至つたものであることは当事者間に争いがない。

ところで、裁判官の職務上の行為については、司法免責特権の理由で国家賠償法の適用が当然排除されるものではなく、一般的に同法の適用があると解すべきである。裁判官の行う裁判について訴訟法規その他の裁判規範の遵守違背があつた場合、その違反が直ちに国家賠償法上の違法に該当すると解すべきでもないし、また当事者が右違反の是正を求める不服申立をとらず、或いは不服申立が棄却されて裁判が確定した以下、国家賠償請求でその違法性を主張することができないと解すべきでもない。しかし、本件のように、制裁決定がなされ、これに対する抗告、特別抗告がいずれも棄却され、確定するに至つた場合においては、当該裁判官が違法または不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特段の事情のない限り、右決定には何らの違法もなかつたものと解すべきである。

そこで、原告の本訴請求に、右特段の事情が存するか否かについて検討することとする。

三  原告の発言について

1  昭和五四年二月九日午後一時、被告小野を裁判長とする東京地方裁判所刑事第六部に係属中の富永吉一に対する威力業務妨害被告事件の判決公判において、原告が同地裁刑事五〇三号法廷の最前列左から四番目の傍聴席に着席して傍聴していたこと、約三〇分にわたる判決朗読の後、被告小野が閉廷を宣して傍聴人に退廷を促したところ、その直後傍聴席から「ひどい」「不当判決」「資本の犬じやないか」などの発言があつたこと、これに対して被告小野が原告を拘束するよう命じ、警備員が右命令の執行として原告を引き立てたところ原告の右隣の傍聴人が抗議の発言をしたこと、鍜治弁護人が右拘束命令に異議を申し立てたが却下されたこと、被告小野が弁護人にも退廷を促したこと、そして、原告が警備員によつて同法廷から地下へ連行されたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、<証拠略>を総合すれば、次の事実が認められる。

被告小野は、前記法廷において、同日午後一時ころから、約三〇分にわたり判決の朗読を終え、閉廷を宣し傍聴人に退廷を促したところ、傍聴席から「ひどい」「不当判決だ」などの発言があり、最前列左側に座つていた傍聴人数名も「こんな理由があるか」「資本の犬」などと発言し、そのころ、最前列左から四番目に着席していた原告も、うつむき加減に「資本の犬」との趣旨の発言をした。

その間、高杉利典法廷警備員は同法廷の傍聴席最前列の左端側で傍聴人の方に向いて椅子に座り傍聴人を注視していたが、原告の右発言を現認し、被告小野がすかさず「今発言したのは誰か」といつたため、直ちに約一メートル余り離れた前記傍聴席に着席していた原告を指示したところ、被告小野が拘束を命じたので、ほか二名の警備員とともに原告席に駆けつけて右拘束命令を執行しようとしたが、原告は当初容易に席から立ち上がろうとしなかつたが、後には黙つてこれに従い、右警備員らによつて裁判官被告人専用通路へ連行され、他の警備員に引き渡された。

右認定に反し、原告は何ら発言しなかつた旨の<証拠略>は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信できない。

また、<証拠略>によれば、同じころ原告の右隣に着席していた木村愛二が「大資本の犬だ」との趣旨の発言をしたことが認められるけれども、右事実は原告が発言しなかつたことを推認させるものではなく、前記認定を左右するものではない。

そして、他に前記認定事実を覆すに足りる証拠はない。

四  結論

以上説示のとおり、法秩法は憲法に違反するものではなく、また原告が前記の発言をしたことが認められるので、東京地方裁判所刑事第六部が右発言は暴言で裁判の威信を著しく害するものとして原告に対し拘束命令を発し、制裁決定を言渡し、さらに右決定を維持したことは、裁判官が遵守すべき法律・規範等に違反するものでないことは明らかである。

したがつて、本件制裁決定に何等の違法性を認めることができないものである以上、前述の制裁決定の違法を主張しうる特段の事情の存しないことは明らかであつて、結局、原告の被告国に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第二被告小野に対する請求について

原告の被告小野に対する本訴請求は、同被告が裁判長としてなした制裁決定の違法を原因とするものであるところ、右制裁決定が違法と認められないものであることは、被告国に対する請求について判断したとおりである。

よつて、その余の主張について判断するまでもなく、原告の被告小野に対する請求は理由がない。

第三結語

よつて、原告の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田潤 北山元章 佐村浩之)

第一目録、第二目録 <略>

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